2015-16年に出た袁世凱に関する歴史書3冊

概要
清朝末期から民国初期にかけての政治家である袁世凱について扱った書籍で、2015-16年に出版されたものを3冊紹介する。

はじめに

清朝末期から民国初期にかけての政治家である袁世凱は、咸豊9年8月20日(1859年9月16日)に生まれ、1916年6月6日に死んだ。今日が、2016年6月6日だから、袁世凱が死んでからちょうど100年が経ったことになる。

これにちなんで、2015-16年に出版された袁世凱に関する歴史書を3冊紹介したいと思う。具体的には、以下の3冊である。

  1. 田中比呂志.(2015). 『袁世凱――統合と改革への見果てぬ夢を追い求めて(世界史リブレット人)』東京:山川出版社.
  2. 岡本隆司.(2015).『袁世凱――現代中国の出発(岩波新書)』東京:岩波書店.
  3. 马平安.(2016).《清末变局中的袁世凯集团》福州:福建教育出版社.

1番目と2番目はいずれも日本語で書かれており、一般向けの書籍である。これに対して、3番目は中国語で書かれており、どちらかと言えば一般向けの書籍ではない。

袁世凱
袁世凱

着眼点の違い

今日紹介する3冊はいずれも袁世凱をテーマにしたものだが、着眼点がそれぞれ異なっている。その着眼点を大まかに言えば、以下のようになるだろう。

次に、それぞれの書籍について簡単に説明を加えていこう。

世界史リブレット人『袁世凱』

世界史リブレット人の『袁世凱』は、袁世凱のオーソドックスな伝記である。袁世凱が生まれてから死ぬまでの流れを順に描写している。袁世凱がどういうことをしたのかを知りたければ、この本を読むと良いだろう。また、今回紹介する3冊の中では最も薄いので、さらっと読めると思う。

この本は、伝記ということで袁世凱の一生を淡々と述べているだけである。ただ、その淡々とした叙述の中に、著者の興味関心が現れているところがある。この本の著者は、近代中国の地域社会を主に研究している人物だ。そういったこともあってか、世界史リブレット人の『袁世凱』では、袁世凱がたずさわった政策と地域社会の関わりについて触れられているところがある。例えば、袁世凱が清朝末期の新政を推進したときに、地域エリートが立憲運動を展開して地方自治に参入したことや、民国初期の袁世凱が中央集権政策を実施したことが地域エリートとの衝突をはらみうるものであることが指摘されている。ただ、薄い本なので、それほど深入りしているわけではない。

岩波新書『袁世凱』

岩波新書の『袁世凱』は、袁世凱という人物を描いたというよりも、むしろ清朝末期から民国初期の中国史の構造を示した書籍である。もちろん袁世凱という人物の一生をたどってはいるのだけれども、袁世凱が関わったことの背後にどのような構造があるのかを述べることに重点が置かれている。

例えば、第1章の「朝鮮」では、袁世凱が科挙の受験をあきらめて軍務についたという個別的なエピソードに触れた上で、その背景として中国の民間社会が武装するようになっていたという「社会の軍事化」というより一般的な概念を説明している。また、第3章の「北洋」では、袁世凱による天津の行政刷新という個別的なエピソードについて触れつつ、19世紀末から20世紀初めにかけて中国の対外経済が再編されていったというより一般的な事象を説明している。

つまり、袁世凱個人がどうだったかを描くというよりは、清朝末期から民国初期の中国史が持つ構造について説明しているのだ。その意味において、この本はこの時期の近代中国史の概説書となっている側面がある

近代中国史の概説書と言えば、岩波新書『袁世凱』の著者である岡本隆司氏は、ちくま新書で『近代中国史』という本を出している。ちくま新書の『近代中国史』は、おおよそ16世紀から現代までの中国史を経済的な側面に着目して概説的に扱った書籍である。もし、岩波新書『袁世凱』が気に入ったら、その次にちくま新書『近代中国史』を読んでみると面白いと思う。

《清末变局中的袁世凯集团》

福建教育出版社から出ている《清末变局中的袁世凯集团》は、「清朝末期の転換期における袁世凱集団」と訳されるタイトルにあるように、袁世凱を支えた集団について記した書籍である。具体的には袁世凱の部下としてどのような人がいて、どのような形で袁世凱を支えたのか、逆に袁世凱はこうした部下をどのように用いたのかについて書いてある。

また、この袁世凱を支えた集団と袁世凱が元々属していた淮軍との関係についても論じられている。このほか、この集団が清朝の皇族や貴族とどう権力闘争を繰り広げたのか、この集団が清朝末期の政治でどのような役割を果たしたのかについても述べられている。