はじめに
本稿は、アメリカ合衆国国務省による2013年の世界各国の人権問題に関するレポート (Country Reports on Human Rights Practices for 2013 ) のうち、東アジア諸国の概要部分について訳出したものである。訳出対象としたのは、中国(チベット、香港、マカオを含む)、日本、北朝鮮、韓国、台湾である。今回訳出したのは、概要部分のみである。実際には各国ともより詳細な記述がある。
なお、この人権レポートは、2013年にあった人権問題について記しており、英語の原文は基本的に過去形で書かれている。日本語に訳出する際は「○○であった」のような過去を表す表現を用いた。本レポートで過去形が用いられているのは、単に前年(2013年)のことを書いているからである。決して人権侵害がなくなって過去のものになったということを意味しているわけではない。また、訳文中に「年内」といった表現があるが、これは原文の“during the year”を訳したもので、2013年の1年間のことを指している。また、日付のみ記されており、何年のことか記されていないものについても、2013年のことを指している。
中国
原文は、米国務省のウェブサイトの China で読むことができる。
中華人民共和国は憲法上 [] 中国共産党が最高指導を行うことになっている権威主義体制の国家である。ほとんどすべての政府・治安組織のトップの地位が、中国共産党の党員によって占められている。根源的な権力は中国共産党中央政治局の25人の委員と、その常務委員会の7人の常務委員 [] が握っている。10年に1回の指導部の交代を3月に終え、習近平 [] が中国共産党総書記・国家主席・中央軍事委員会主席という3つの最も権力のある地位 [] に就いた。文民当局は軍と国内の治安部隊に対してコントロールをおおむね維持していた。治安部隊は人権侵害を行った。
特に市民的権利・政治的権利の擁護や公益に関する問題について関わった団体や個人、少数民族、政治的に問題であるため取り扱いに注意を要する [] 案件を引き受けた法律事務所に対して、弾圧や抑圧は日常茶飯事であった。公務員は、人権の擁護者に対して復讐するため、その家族や仲間に対して嫌がらせ・脅迫・起訴をますます行うようになった。政治的に問題であるために取り扱いに注意を要すると当局からみなされた個人や団体は、集会・宗教実践・旅行の自由に関して強い制約にさらされつづけていた。当局は、独立した意見を公にさせないように、強制的な失踪・家族の軟禁を含む厳重な軟禁といった法の枠外の手法まで行っていた。当局はインターネットをコントロールし検閲する新しい手法を導入した。特にたくさんのファンがいるブロガーをターゲットとし、こうしたブロガーのオンラインのアカウントを閉鎖することもあった。公益に関する問題に取り組んでいる法律事務所は、嫌がらせ、弁護士資格の剥奪、閉鎖にさらされつづけていた。新疆ウイグル自治区のウイグル人、チベット自治区やその他の地域のチベット人は、言論・宗教・結社・集会の自由が当局によって深刻に抑圧されていた。これらの少数者は移動に関して過酷な制限も受けていた。人権侵害は、外国の公務員の来訪・国家規模の会議・追悼式典といった耳目をひくイベントがあるころにピークを迎えていた。
以前と同じく、市民には政府を変える権利がなく、公務員による侵害に対して市民が取りうる是正手段は限られた形のものしかなかった。年内の他の人権問題としては、以下のものがあった。適正な手続きなしの処刑を含む法によらない殺害。強制的な失踪。闇監獄 [] として知られる非公式の収容施設での長期にわたる違法な拘留を含む外部との交流が許されない拘留。囚人に対する拷問と自白の強要。弁護士・ジャーナリスト・作家・ブロガー・反体制活動家・請願者およびその他法に基づき平和的に権利を行使しようとしている人々に対する拘留と嫌がらせ。裁判所と裁判官に対する政治的な支配。秘密裁判。行政拘留 [] の利用。集会・宗教実践・旅行の自由に対する制限。難民および庇護希望者 [] の保護の不足。中華人民共和国の市民を強制的に送還するように他国に圧力をかけること。広範囲にわたる汚職。非政府組織に対する厳重な監視と制限。女性・少数者・障碍者に対する差別。(時には妊娠してかなり経った段階で行われる)強制的な堕胎や強制的な断種にまで至ることもある強制的な産児制限政策。人身売買。賃金・時間外労働手当・仕事での安全と健康に関する法律の実施が不足していること。
当局は特に汚職に関する点で権力の乱用に対して多くの訴追を行ってはいるものの、多くの場合、中国共産党の内部の懲戒手続きは不透明で、上級公務員に対しては一部にしか適用されなかった。汚職と闘う活動を推進した市民は、自身が拘留・逮捕された。例えば、非政府組織の情報によれば、良い統治を推進する運動から生じた新公民運動 [] と関連して少なくとも29人を当局が逮捕したとのことである。
Country Reports on Human Rights Practices for 2013 の中国に関する部分 の概要の翻訳
チベット
原文は、米国務省のウェブサイトの Tibet で読むことができる。
合衆国はチベット自治区と他の省にあるチベット自治州・自治県が中華人民共和国の一部であると認めている。中国共産党中央委員会が中国におけるチベット政策を監督している。河南省出身の漢人の陳全国 [] が、2011年にチベット自治区の党書記 [] となった。甘粛・青海・四川・雲南省にある10のチベット自治州のうち、8つの自治州において党書記は漢人であった。青海省の2つの自治州では党書記がチベット人であった。中国の他の少数民族の数が多い地域と同様に、漢人の中国共産党員が、チベット自治区やその他のチベット人地域において、ほとんどすべての党・政府・警察・軍におけるトップの地位を占めていた。根源的な権力は中国共産党中央政治局の25人の委員と、その常務委員会の7人の常務委員によって握られている。文民当局は治安部隊に対して有効なコントロールをおおむね維持していた。治安部隊は人権侵害を行った。
年内において、チベット自治区とその他のチベット人地域において、人権に対する政府の尊重と擁護は不足したままであった。社会の安定を維持し、分離主義と闘うというスローガンのもとで、政府は、言論・宗教・結社・集会・移動の自由を含む中国のチベット民族の市民的権利を厳しく抑えることなどを通じて、チベット独自の宗教・文化・言語に関する伝統を厳しく抑圧した。政府は日常的にダライ・ラマ [] を中傷し、「ダライ一派」と「その他の国外勢力」が、社会の不安定を煽動し、またこの年に起きたと伝えられるチベット人の俗人・僧侶・尼僧による少なくとも26件の焼身自殺 [] をも煽動したと非難した。
他の深刻な人権侵害には、法によらない殺害、拷問、恣意的な逮捕、法によらない拘留、自宅軟禁があった。チベット人には、当局が組織的にチベット人を政治的抑圧、経済的周縁化、文化的同化、そして教育・就業上の差別の対象としたという意識が存在していた。人民解放軍とその他の治安部隊の存在はチベット高原の多くのコミュニティにおいて、高密度の状態にとどまっていた。抑圧は一年を通じて深刻であったが、政治的・宗教的に問題となりうる記念日やイベントの前後の時期に増加していた。報道によると、学生、僧侶、俗人、そしてチベット人地域の他の人々が、自由と人権を要求したり、ダライラマへの支持を表明したりした後に、拘留された。
政府はチベット自治区や自治区外のチベット人地域に関する情報を厳しく制限し、またこれらの情報へのアクセスを厳しく制限していた。これにより、人権侵害の程度を正確に明らかにすることを難しくしていた。中国政府は外国のジャーナリストがチベット人地域に旅行することを厳しく制限していた。加えて、外国記者に対して離したり、国外にいる人に対して情報を提供しようとしたり、携帯電話・電子メール・インターネットを通じて抗議や不満を示す表現についての情報を伝えたチベット人に対し、中国政府は嫌がらせや拘留で応えた。さらに、中国政府は合衆国やその他の外国の外交官によるチベット訪問許可についての度重なる要求を拒絶し、外国の外交人員がチベット自治区外の公式には訪問許可が必要のないチベット人地域を訪問することをしばしば妨害した。これらの制限により、本レポートで述べられた事件や事案の多くについて、独立に検証することができなかった。
懲戒手続きは不透明であり、中国の法と規制で権力乱用と定められている行為について、治安当局やその他の当局が罰せられているかどうかははっきりしなかった。刑罰を免れることは問題となっているようであった。
Country Reports on Human Rights Practices for 2013 のチベットに関する部分 の概要の翻訳
香港
原文は、米国務省のウェブサイトの Hong Kong で読むことができる。
香港は中華人民共和国の特別行政区である。1984年の香港問題に関する英中共同宣言 [] と特別行政区基本法という特別行政区の憲章により、特別行政区は防衛・外交事項を除いた高度な自治を享受することが約束されている。2012年3月、1139人で構成される行政長官選挙委員会 [] は、梁振英 [] を特別行政区の第3代行政長官に選んだ。2012年9月に5期目の立法会が、直接選挙と制限選挙(「小さなサークル」と称される職能団体からの選挙)の組み合わせで選挙された。当局は治安部隊に対して有効なコントロールを維持していた。治安部隊はだいたいは人権侵害を行わなかったが、警察官による暴行の報告がいくつかあった。
最も重要な人権問題としては以下のことが報告された。市民が政府に参加したり政府を変えたりする能力が制限されていること。恣意的な逮捕や拘留。集会の自由を脅かす警察の攻撃的な戦術。そして社会の一部の集団が不適切な政治的影響力を持つことで限定された権力しか持たない立法府。
他の分野における報告された懸念点には、報道の自由の制限と自己検閲 [] 、メディアに対する暴力事件、政治的な理由による査証の拒否、(十分な根拠はないものの)選挙不正、人身売買、ある種の民族的マイノリティーに対する社会的偏見があった。
政府は(人権)侵害を行った公務員を訴追する対策を施し、こうした公務員を罰している。
Country Reports on Human Rights Practices for 2013 の香港に関する部分 の概要の翻訳
マカオ
原文は、米国務省のウェブサイトの Macau で読むことができる。
マカオは中華人民共和国の特別行政区であり、特別行政区の憲法(基本法)のもとで、防衛・外交事項を除いた高度な自治を享受している。行政長官の崔世安 [] は300人の選挙委員会によって選ばれ、2009年に就任した。当局は治安部隊に対して有効なコントロールを維持していた。治安部隊は人権侵害を行わなかった。
年内に報告された3つの顕著な人権侵害は、市民が政府を変える力に制限があること、報道の自由に関する制約、労働条件や職場での酷使に関して法を完全に実施することができていないことであった。
当局は人身売買案件を訴追する能力を構築しつつあったが、人身売買は問題として残っていた。基本法第23条 [] に従って2009年に通過した公安に関する法律が様々な市民的自由を損ないうるという懸念点があったが、年末までに検察官がこの2009年の法に従って起訴したことはなかった。
政府は人権侵害を行った公務員を訴追する対策を施し、こうした公務員を罰している。
Country Reports on Human Rights Practices for 2013 のマカオに関する部分 の概要の翻訳
日本
原文は、米国務省のウェブサイトの Japan で読むことができる。
日本は、立憲君主制の議会政治のもとにある。2012年12月の衆議院選挙の結果、自由民主党の指導者である安倍晋三が首相に就任した。7月21日の参議院選挙では、与党が参議院の過半数の議席を得た。これらの選挙は自由で公平なものであったと見なされた。文民当局は治安部隊に対し有効なコントロールを及ぼしており、治安部隊は人権侵害をしなかった。
主要な人権問題としては、公判前の拘留者に対する適正な手続きが欠けていること、刑務所・拘置所の状態、児童ポルノを犯罪としないことを含む子供の搾取があった。
他の人権に関する懸念点として継続していることには、少数民族・性的少数者・障碍者に対する社会的差別、庇護希望者の拘留、女性に対する家庭内暴力と性的嫌がらせ、外国人研修生への搾取を含む人身売買があった。
政府は、人権侵害を禁じる法律を実施し、人権侵害を行った公務員を訴追した。
Country Reports on Human Rights Practices for 2013 の日本に関する部分 の概要の翻訳
北朝鮮
原文は、米国務省のウェブサイトの Korea, Democratic People’s Republic of で読むことができる。
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は、金一族に60年以上指導されている権威主義体制の国家である。2012年7月に金正恩 [] に朝鮮民主主義人民共和国元帥と朝鮮人民軍最高司令官の称号が与えられた。金正恩の祖父である故・金日成は、「永遠の主席」のままである。直近の国政選挙は、2009年3月に行われたものであるが、自由なものでも公平なものでもなかった。当局は治安部隊に対して有効なコントロールを維持していた。治安部隊が人権侵害を行った。
市民には政府を変える権利がなかった。政府は市民に対し、言論・報道・集会・結社・宗教・移動の自由と労働者の権利を否定するなど、生活の多くの側面において厳しいコントロールを及ぼしていた。しばしば過酷で命の危険にさらされる条件におかれ、強制労働が課せられる政治犯収容所の巨大なネットワークに関する報告が続いた。
亡命者 [] は、法によらない殺害、失跡、恣意的な拘留、政治犯の逮捕、拷問を報告しつづけていた。司法は独立しておらず、公平な裁判を行っていなかった。強制送還された難民やその家族に対する厳しい懲罰に関する報告が続いた。国境を越えて中国に入った難民や労働者における人身売買の女性被害者に関する報告もあった。
知られている限りでは、政府は、人権侵害を行った公務員に対する訴追をしようとしなかった。刑罰を免れることは広範囲にわたる問題となっていた。
Country Reports on Human Rights Practices for 2013 の北朝鮮に関する部分 の概要の翻訳
韓国
原文は、米国務省のウェブサイトの Korea, Republic of で読むことができる。
大韓民国(韓国)は大統領と一院制議会によって統治されている立憲民主制国家である。2012年12月の大統領選と2012年4月の議会選挙は自由で公平なものであったと見なされた。治安部隊は文民当局の監督下にある。当局は治安部隊に対し有効なコントロールを及ぼしており、治安部隊は人権侵害をしなかった。
報告された人権問題のうち最も重要なものは、国家保安法やその他の法律に関して表現の自由を限定したり、インターネットへのアクセスを制限したりするための政府の解釈と、良心的兵役拒否者の投獄であった。
十分な根拠はないものの、国家情報院やその他の国家機関が2012年の議会選と大統領選で、もともと与党であり双方の選挙に勝利した保守政党に有利になるように投票者の意見を操作したという主張が年内になされた。
その他の人権問題には、包括的な反差別法が存在しないこと、若干の公務員の汚職、性的・家庭内暴力、売春に従事する児童、人身売買、そして朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)からの亡命者・少数民族・性的少数者・エイズ感染者・外国人に対する社会的な差別があった。政府は、労働者の権利を制限し、ストライキ権を妨げていた。
政府は人権侵害を行った公務員を訴追する対策を施しており、刑罰を免れることは顕著ではない。
Country Reports on Human Rights Practices for 2013 の韓国に関する部分 の概要の翻訳
台湾
原文は、米国務省のウェブサイトの Taiwan で読むことができる。
台湾は総統と多党制の選挙で選出された議会によって統治されている。2012年、有権者は自由で公平なものであったと見なされた選挙を通じて、2回目の4年の任期となる国民党の馬英九 [] を再び総統に選出した。当局は治安部隊に対し有効なコントロールを及ぼしている。治安部隊は人権侵害をしなかった。
年内に報告された主な人権侵害としては、漁業会社による移民労働者の労働の搾取、仲介業者による家事労働者の搾取、公務員の汚職があった。
年内において、当局は汚職の罪で39人の高位の公務員を含む、573人の公務員を5月までに起訴した。刑罰を免れることに関する報告はなかった。
Country Reports on Human Rights Practices for 2013 の台湾に関する部分 の概要の翻訳
脚注