はじめに
出雲国能義郡に月山富田城という山城があった。戦国時代には、中国地方を広く支配した尼子氏の本拠地となって大いに栄えたという。この城跡は現在の島根県安来市広瀬町にある。2017年9月にその月山富田城跡に行ってきたので、公共交通機関での行き方について記しておきたい。
月山富田城とは
月山富田城は、早くは鎌倉時代に出雲の守護であった佐々木氏が居城とした城である。戦国時代には戦国大名の尼子氏の本拠地となった。尼子氏は、尼子経久の時代に大いに栄え、中国地方に大きく勢力を伸ばした。
しかし、永禄9年(1566年)には毛利氏の攻撃により、月山富田城は陥落。以来、毛利氏の城となる。その後、関ヶ原の合戦ののち、堀尾氏の領するところとなるが、松江に城が築かれたことにより、月山富田城は慶長16年(1611年)に廃城となった [1] 。
安来駅までの行き方
公共交通機関で月山富田城跡まで行きたければ、JR山陰本線で安来駅まで行き、そこからコミュニティバスに乗ることになる。(ただ、自家用車で行けるのなら、公共交通機関を使うよりも、自家用車で行った方が楽かもしれない。)
安来駅には、米子駅や松江駅からJR山陰本線に乗っていくことになる [2] 。米子方面からも松江方面からも、1時間に列車が2,3本程度出ている。
ただし、そのうち半分ぐらいが特急列車である。特急に乗る場合は、特急料金を払う必要がある分だけ高くなる。お金を節約したければ、特急でない列車が来るまで長めに待つ必要が出てくるかもしれない。なお、米子・安来間や松江・安来間ならば、特急に乗っても特急以外に乗っても列車に乗っている時間はそれほど変わらない。
ちなみに、米子・松江・津和野・鳥取といった山陰地方のJRの特急・普通列車自由席が乗り放題になる「山陰満喫パス」のようなフリー乗車券もあるので、山陰の他の観光スポットに行くなら、これを買って、特急の自由席に乗るというのも良いかもしれない。
安来駅から月山富田城跡までの行き方
安来駅からは安来市のコミュニティバスである「イエローバス」に乗って月山富田城跡まで向かう。このバスについての詳しい情報は安来市ウェブサイトの「イエローバス情報」のページを参照されたい。時刻表や料金の情報もこのウェブサイトに載っている。
月山富田城跡に一番近いバス停は「月山入口」というところなのだが、ここに行く便は非常に少ない(1日に数本)。
代わりに、月山富田城跡に近い「市立病院前」というバス停を目指すのがよい。このバス停を通るバスの本数が多いためだ。(ちなみに人口が多くない地方だと病院が交通の重要な結節点となる。周辺の集落から病院に向かう路線が多いためである。)
安来駅から広瀬バスターミナルというところに向かうバスが1時間に1本ぐらい出ているので、それに乗って途中の市立病院前のバス停で降りればよい [3] 。ちなみに、安来駅から市立病院前に行く途中に、「鷺の湯温泉・足立美術館」というバス停がある。横山大観の絵や日本庭園で有名な足立美術館はこのバス停からすぐの場所にある。月山富田城に行くついでに寄ってみても良いかもしれない [4] 。
さて、市立病院前のバス停から月山富田城跡の入口までは、約800メートルの道のりである。歩いて10分ほどである。途中、飯梨川という川を渡ることになる。川を渡ると、安来市立歴史資料館がある。月山富田城跡の入口(=月山の登山口)は、この資料館の裏手にある。
月山富田城跡を見るときの注意点
月山富田城は山城であり、坂道と階段を登る必要がある。ただ、一応遊歩道の整備はなされているので、けもの道や山道を歩くという感じではない。特に重装備をする必要はなく、歩きやすい格好をしていれば大丈夫だ。(ただ、雪が降り積もる時期だと、雪に対応した装備が必要になるかと思う。)なお、私が行ったときは、崩落のために一部の場所は立入禁止となっていた。
山の中腹あたりに山中御殿の跡があって、平らな広場になっている。ここから、本丸・二の丸・三の丸の方まで行くには、階段を登っていくことになる。なかなか急なので、中世の山城の大変さを少しは知ることができると思う。