「東京大学コレクション『マザリナード集成』」展

概要
「マザリナード」と呼ばれる17世紀フランスの政治的パンフレットに関する展覧会の感想。

展覧会の概要

東京大学駒場博物館で開かれている「東京大学コレクション『マザリナード集成』:十七世紀フランスのフロンドの乱とメディア」という展覧会を見てきたので、簡単に感想を記しておきたい。

この展覧会は、17世紀半ばのフランスで出されたマザリナードと呼ばれるパンフレットを展示するものだ。2016年10月15日(土)から12月4日(日)まで、東京大学駒場キャンパス(東京都目黒区)の駒場博物館で開かれている。

この展覧会を通じて、当時のフランスにおけるメディアの状況を知ることができるだろう。

なお、 東大マザリナード展 (@Mazarinades_jp)という Twitter アカウントがあって、この展覧会に関する情報を色々とつぶやいている。

マザリナードとは

ピエール・ミニャールによるジュール・マザランの肖像画。
ピエール・ミニャールによるジュール・マザランの肖像画。

展覧会について書く前に、マザリナードが何なのかということについて簡単に記しておきたい。

マザリナード (mazarinade) とは、1648年から1653年にかけてフランスで発生したフロンドの乱 (Fronde) の際に出された種々の文書のことを指す。

フロンドの乱はフランスの貴族勢力が起こした反乱で、その鎮圧に当たったのが宰相のジュール・マザラン (Jules Mazarin) 枢機卿である。反乱を起こした貴族側は、マザランを批判するために、様々な政治的パンフレットを出した。こうしたマザランを批判するためのパンフレットがマザリナードと呼ばれるようになった。

狭義には、こうしたフロンドの乱における反マザラン文書のことをマザリナードと呼ぶ。ただし、マザラン側からも反乱勢力を批判するパンフレットなどが出ている。広義には、それらもマザリナードに含む場合がある [1]

なお、マザリナードを電子化したものが、mazarinades.org というウェブサイトで公開されている。フランス語が読めて、興味がある人はこのウェブサイトを訪問してみてもよいかもしれない。

なぜ日本にあるのか

なぜこうした17世紀のフランスの文書の展示が東京で行われているのだろうか。

実は東京大学総合図書館が、こうしたマザリナードを大量に所有しているのだ。1970年代に、ヨーロッパと日本とで貿易摩擦が起きたときに、日本の貿易黒字を減らす目的もあり、フランスからマザリナード文書を輸入したそうだ。

東大の総合図書館のウェブサイトの記述によれば、全部で44冊、2700点あるそうだ [2] 。冊数に比べて点数が非常に多いのは、複数点の文書を1冊にまとめているためだ。

メディアの拡大

16世紀の宗教改革とそれにともなう戦争の時期において、活版印刷技術が新しい思想と情報の流通に大きな役割を果たしたことは広く知られているし、フランス革命期にも活字メディアが重要な働きをしたこともよく知られている。

マザリナードの時代は、ちょうどその中間に当たる。自分としては、この中間の時期のことが抜けていたので、展覧会で色々と勉強になった。

展覧会での説明によれば、当時のフランスの出版業界の状態はあまり芳しくなかったようだ。ラテン語で書かれた厚い書籍を出してばかりで、広範な読者を獲得するに至っていなかったそうだ。だが、マザリナードはフランス語で書かれていて、数ページ程度という非常に短いものだった。こういった手軽さからマザリナードは広く読まれ、結果として出版業界も広がる契機になったそうだ。

ちなみに、マザリナードは危険なものほど高く売れたらしい。この展覧会で展示されていたマザリナードに « La cvstode de la reyne qvi dit tovt » [3] というものがあった。これは1649年に出されたもので、当時のフランスの王太后であるアンヌ・ドートリッシュを誹謗したものだ。展覧会の説明では、「最強のマザリナード」という説明がなされていた。このフランス語のタイトルを和訳すれば、『すべてを語る王妃の寝台のとばり』となるだろう。「寝台の帳」という言葉が出てくる時点で、淫猥さを感じる人もいるかもしれない。

とは言え、こういった下品さがあると、こっそり読んでみたいと思う人が却って出てくる。現代の日本でもありそうな話だ。

展覧会の工夫

この展覧会では、付箋を使えるようにしていた。どういうことかと言うと、付箋に展示の感想を書き、その付箋を解説のパネルなどに貼ることができるようにしていたのだ。こうすることで、展覧会に来た人の感想をその場に表示することができる。

コンセプトとしては、ニコニコ動画に似ている。ニコニコ動画では、ある人が動画にコメントを付ければ、後からその動画を鑑賞する人がそのコメントを読むことができる。動画を鑑賞する時間が違っても、同じコメントを見ることができるのだ。

この展覧会における付箋も同じことで、展示を鑑賞する時間が違ったとしても、同じ場にいるようにコメントを受け取ることができるのだ。ただ、展示を紹介するパネルの誤字の指摘もあったのは、ご愛敬と言ったところか。

脚注
  1. 一丸禎子.(2011). 「マザリナード文書の公開に先立って:その特性と東京大学コレクションの紹介」『人文』9, 97-117. http://hdl.handle.net/10959/2747 []
  2. 東京大学附属図書館所蔵コレクションガイド マザリナード集成(マザラン関連文書) 2016年10月23日閲覧。 []
  3. 17世紀の文書なので、現代のフランス語とはつづりが違うところがある。なお、‘v’と書かれているところは、‘u’と置き換えて考えれば良い。 []