はじめに
後学のために、2015年の世界をふりかえるための6つの言葉を挙げておきたいと思う。
世界の広がりを見るために、これら6つの言葉はあえて全然違う言語から選ぶことにした。フランス語の言葉として「私はシャルリー」、アラビア語の言葉として「パリがうらやましい」、ギリシャ語の言葉として「ネーかオヒか」、英語の言葉として「2015年だから」、中国語の言葉として「民主的で自由で多元的な世界にようこそ」、ラテン語の言葉として「どのような世界を残したいのか」を選んだ。
それでは、2015年の世界をふりかえるための言葉を1つずつ見ていこう。
私はシャルリー
2015年1月7日に、フランスの風刺週刊紙である『シャルリー・エブド』の本社がテロリストに襲撃され、編集長ら12人が殺された [1] 。この事件は、『シャルリー・エブド』紙がイスラームの預言者ムハンマドを風刺した絵を掲載したことに対して行われたテロであると考えられている。
この事件を受けて、表現の自由の擁護と『シャルリー・エブド』への連帯を示すために、盛んに「私はシャルリー」という言葉が使われたのである。
Twitterでは、#jesuischarlie というハッシュタグが流行した。CartoDBのウェブサイトで、#jesuischarlie を含むTwitterのつぶやきが世界のどこから発信されたのかを示した時系列を伴う地図が公開されている。これを見ると、フランスが最も多く、その周辺の欧州諸国、アメリカ東海岸でもつぶやきが多いことが分かる。また、これらの地域だけに限られず、世界各地で #jesuischarlie というハッシュタグは用いられていた。
ただし、『シャルリー・エブド』の風刺画はあまりにもムスリムをバカにしたものであり、そのような週刊紙に直接連帯することはできないという人もいた。そこであえて、「私はシャルリーでない」(Je ne suis pas Charlie.) と述べたり、「私はアフメド」(Je suis Ahmed) [2] と述べたりする人も出てきた。
パリがうらやましい
シャルリー・エブド襲撃事件の後、2015年11月13日に、パリで同時多発テロが発生した [4] 。この事件に対して、世界はパリに対して連帯を示した。例えば、Facebook の ザッカーバーグCEOは、Facebook上の自身のプロフィール写真にフランス国旗であるトリコロールを重ね、Facebookの他のユーザ写真にもトリコロールを重ねられるようにすることでパリへの連帯を示した [5] 。
ただ、世界はパリに対して連帯を示したものの、他の地域のテロに対しては総じて無関心であった。例えば、パリの同時多発テロの前々日に、レバノンのベイルートでパリと同じぐらいの死者が出た大規模テロが発生している。このテロに対して、世界はパリの事件ほど連帯を示さなかった。
そのような背景のもとに出てきたのが、上述のアラブ人アナウンサーのコメントである。このコメントは、このアナウンサーがTwitterで発したアラビア語のつぶやきである。パリでの悲劇に同情しながらも、アラブ諸国での悲劇に対して世界が無関心であることに疑問を呈したものだ。
「私はシャルリー」に代表される連帯の裏に、無視されているという辛さがあるのだ。そして、これはは世界が連帯の裏で分断されていることをも示している。
ネーかオヒか
多くの先進国において、政府が大量の債務を抱える状態が続いている。このことが経済危機を生み、世界の不安定化に寄与している。
ギリシャもその一例である。ギリシャは経済的に危機的な状況にあり、国債の価値が暴落していた。欧州連合などはギリシャ政府に対して金融支援の見返りに歳出の縮減を求めていた。これに対し、ギリシャ政府は国民投票を実施し、ギリシャ国民に欧州連合などの要求を受け入れるかどうかの判断を委ねた。
国民投票の選択肢は2つ。「賛成」に当たるネー (ναι) と「反対」に当たるオヒ (όχι) である [6] 。ネーは英語で言えばイエス、オヒは英語で言えばノーに当たる。そして、ギリシャ国民は7月5日の国民投票でに、オヒ、すなわち反対という判断を示した [7] 。
なお、結局のところ、ギリシャは国民投票後の交渉を通じて歳出縮減と引き換えに金融支援を受けることとなった。これが功を奏するかはまだ分からない。そして、ギリシャを含むユーロ圏が安定するかどうかも未知数である。
2015年だから
暗い話をしていてもしかたがないので、未来に向けての明るい言葉も引い手みたいと思う。
2015年10月に、カナダではジャスティン・トルドー氏が首相に選ばれた。トルドー氏が選んだ閣僚は、男女の人数が半々であったほか、カナダの先住民やアフガニスタンからの難民も含まれるなど多様性を象徴するものであった。
このような人選にしたことについて記者が質問すると、トルドー首相は英語で「2015年だから」と答えた。政治が社会的強者だけのものではなく、弱者も包摂したものであるということ、そして包摂と統合が当然のものであり、それらに対して自信を持っていることがうかがえよう。
民主的で自由で多元的な世界にようこそ
もう1つ民主的で多元的な社会からの言葉として、台湾からの言葉を挙げたい。台湾の民進党の蔡英文主席は、現在台湾の総統選に出馬しており、当選することが有力視されている人物である。
11月に、Facebookの蔡主席のページに中国大陸から蔡主席を誹謗するような書き込みが大量になされるという事件があった。この事件を受けて蔡主席が書いた言葉が上に引用した言葉である。民主と自由が抑圧されている中国大陸と、そうではない台湾の違いを示した好例であると言えよう。
どのような世界を残したいのか
最後に、教皇フランシスコによる回勅「ラウダート・シ」から「どのような世界を我々は残したいのでしょうか」という言葉を引きたい。回勅とは、ローマ教皇から世界のカトリック教会の司教に向けて発せられる文書で、教皇の考えをカトリック教会、引いては世界に伝える役目を果たす。
回勅には教義上の問題を扱ったものもあるし、現代社会の問題についてキリスト教的視点を入れながら議論するものもある。今年出された「ラウダート・シ」という回勅は、地球環境問題について扱ったものである。
環境問題によって将来世代の生活が危ぶまれる中、どのように対処すべきかを述べたのがこの回勅である。そして、この長大な回勅の要点は、上記に引用した「どのような世界を残したいのか」にどう我々が答えていくかということにあるのである。
なお、バチカン放送局の日本語ウェブサイトに回勅「ラウダート・シ」に関する日本語の説明が掲載されているので、興味がある人は読んでみると良いだろう。
- 百瀬好道・井手重昭.(2015). 「シャルリー・エブド」『現代用語の基礎知識2016』(pp.369-370) 東京:自由国民社. [↩]
- アフメドとは、シャルリー・エブド襲撃事件に関連した銃撃戦で犠牲になった警察官のアフメド・ムラベのことである。彼はムスリムであった。 [↩]
- https://twitter.com/ShahadBallan/status/665421338497130496 [↩]
- 青田秀樹・高久潤.(2015年11月14日)「パリで同時多発テロ、死者120人超 仏は国境封鎖へ」『朝日新聞デジタル』. [↩]
- Facebookのトリコロールを重ねる機能については、さまざまな批判が存在する。例えば、以下の記事を参照のこと。
ふじいりょう.(2015年11月15日).「『Facebook』プロフィールをトリコロールにする前に考えたいこと」.
Shafik Mandhai. (2015, Nov. 15). Facebook gets flak for Beirut-Paris ‘double standard’. Al Jazeera English. [↩] - ネーの発音は [nɛ] であり、オヒの発音は [‘ɔçi] である。 [↩]
- 百瀬好道・井手重昭.(2015). 「ギリシャ債務危機」『現代用語の基礎知識2016』(pp.372-373) 東京:自由国民社. [↩]
- https://www.facebook.com/tsaiingwen/photos/a.390960786064.163647.46251501064/10153009060561065/?type=3&permPage=1 [↩]
- http://w2.vatican.va/content/francesco/la/encyclicals/documents/papa-francesco_20150524_enciclica-laudato-si.html [↩]