「パーマン1号はのび太の息子」という台湾の非公式設定

概要
かつて台湾で出されていた『ドラえもん』の単行本で、「パーマン1号はのび太の息子」であると設定したものがあった。また、『パーマン』の舞台が日本でなく台湾であるように設定が変更されている。

はじめに

かつて台湾で出版されていたマンガ『ドラえもん』で、「パーマン1号はのび太の息子」であると設定したものがあった。これは陽銘出版社が出していた『ドラえもん』の海賊版での設定である。陽銘出版社が出した『ドラえもん』の単行本には、1冊の中に『ドラえもん』だけでなく『パーマン』も掲載されており、この2つの作品を1冊の中でつなぐためにあえて「パーマン1号はのび太の息子」と設定した可能性がある。

海賊版と独自設定

かつて、台湾では日本のマンガを勝手に翻訳・編集し、海賊版として出版することがしばしばあった。その際に、編集の都合で勝手に話を変えたり、独自の設定を加えることがあった。例えば、青文出版社が出した単行本では、『キテレツ大百科』の登場人物のキテレツが、『ドラえもん』の登場人物ののび太と従兄弟同士と設定されている [1] 。『キテレツ大百科』も『ドラえもん』も藤子・F・不二雄の手によるマンガであるが、原作者である藤子・F・不二雄はそのような設定をしていない。2人のキャラクターが従兄弟であるという設定は、青文出版社が独自に付け加えた設定に過ぎないのだ。

「パーマン1号はのび太の息子」

さて、陽銘出版社が出した『ドラえもん』(《機器貓小叮噹》)の単行本では、“大雄的故事”(のび太の話)として『ドラえもん』のマンガが、“大雄的兒子的故事”(のび太の息子の話)として『パーマン』のマンガが掲載されている。

パーマン1号となる須羽ミツ夫は、陽銘出版社版では“葉小雄”という名前になっている。“葉”が姓で、“小雄”が下の名前だ。この名前は、のび太の息子であると容易に連想しやすいものになっている。というのも、当時の台湾では、のび太は“葉大雄”という名前で呼ばれていたからである。“葉雄”の息子だから“葉雄”となる——“大”の息子だから、“小”という名前をつけたというわけである。

陽銘出版社版の『ドラえもん』(《機器貓小叮噹》)に載っている『パーマン』の登場人物紹介。須羽ミツ夫(葉小雄)は、「のび太としずかの息子、セワシの曾祖父、彼の父に比べて頭がよい。」(“大雄和宜静的兒子,世修的曾祖父,比他老爸聰明。”)と説明されており、のび太(大雄)としずか(宜静)の間の息子であるとされている。
陽銘出版社版の『ドラえもん』(《機器貓小叮噹》)に載っている『パーマン』の登場人物紹介 [2] 。須羽ミツ夫(葉小雄)は、「のび太としずかの息子、セワシの曾祖父、彼の父に比べて頭がよい。」(“大雄和宜静的兒子,世修的曾祖父,比他老爸聰明。”)と説明されており、のび太(大雄)としずか(宜静)の間の息子であるとされている。

また、陽銘出版社版では『パーマン』の登場人物のうち何人かが、『ドラえもん』の登場人物と親子関係にあると設定されている。例えば、『パーマン』に出てくるガキ大将であるカバ夫は、『ドラえもん』のガキ大将のジャイアンの息子という設定になっている。

陽銘出版社版の『ドラえもん』(《機器貓小叮噹》)に載っている『パーマン』の登場人物紹介。カバ夫(武大坤)は、「ジャイアンの息子、彼の父と同じように乱暴だ。」(“技安的兒子,和他的老爸一樣霸道。”)と説明され、ジャイアン(技安)の息子であると設定されている。
陽銘出版社版の『ドラえもん』(《機器貓小叮噹》)に載っている『パーマン』の登場人物紹介 [3] 。カバ夫(武大坤)は、「ジャイアンの息子、彼の父と同じように乱暴だ。」(“技安的兒子,和他的老爸一樣霸道。”)と説明され、ジャイアン(技安)の息子であると設定されている。
『ドラえもん』の日本の原作の中の一話「めだちライトで人気者」では、大人になった星野スミレがのび太と共に登場している。
『ドラえもん』の「めだちライトで人気者」という話では、大人になった星野スミレがのび太と共に登場している [4]

なお、藤子・F・不二雄の日本の原作では、『ドラえもん』の舞台は『パーマン』の舞台よりあとの時代のものであるように設定されている。『ドラえもん』の中では、『パーマン』のヒロインの1人である星野スミレが登場している。『パーマン』では星野スミレは小学生であるが、『ドラえもん』では大人になっている。このことから、『ドラえもん』は『パーマン』より少なくとも十数年後を舞台に設定していると考えられる。

要するに、藤子・F・不二雄の構想としては『パーマン』が『ドラえもん』より前の時期の話ということになる。しかし、陽銘出版社版の設定ではパーマン1号をのび太の息子と設定することで、『ドラえもん』が『パーマン』より前の時期の話であるように設定しているのだ。

付:『パーマン』の舞台は台湾?

『パーマン』は日本で作られたマンガであり、主に日本を舞台にしている。しかし、陽銘出版社版の『パーマン』では、台湾が舞台であるかのように設定されている

1つ例を見てみよう。「こまった時にはハワイへ行こう」という話で、悪徳な高利貸しがパーマンによって日本からハワイに連れて行かれるシーンがある。

ハワイに連れてこられた高利貸しがパーマンに文句を言うシーン。日本語原作では「日本へ帰してもらおうか」と述べており、日本から出発していることが分かる。
ハワイに連れてこられた高利貸しがパーマンに文句を言うシーン [5] 。日本語原作では「日本へ帰してもらおうか」と述べており、日本から出発していることが分かる。

これが陽銘出版社版の『パーマン』では台湾の首府である台北から出発したことになっている。

ハワイに連れてこられた高利貸しがパーマンに文句を言うシーン。日本語原作では「日本へ帰して」となっているところが、陽銘出版社版では「台北へ帰して」という内容に変えられている。
ハワイに連れてこられた高利貸しがパーマンに文句を言うシーン [6] 。日本語原作では「日本へ帰して」となっているところが、陽銘出版社版では「台北へ帰して」という内容に変えられている。

『パーマン』の日本の原作では東京を中心に描写されているが、陽銘出版社版の設定では台湾の首府である台北を中心に描写している。

陽銘出版社版の『ドラえもん』(《機器貓小叮噹》)に載っている『パーマン』の登場人物紹介。ブービーは「木柵動物園の小さなサル」(“木栅動物園的小猴子。”)と紹介されている。
陽銘出版社版の『ドラえもん』(《機器貓小叮噹》)に載っている『パーマン』の登場人物紹介 [7] 。ブービーは「木柵動物園の小さなサル」(“木栅動物園的小猴子。”)と紹介されている。

例えば、チンパンジーのパーマン2号(ブービー)は、日本の原作では上野動物園に住んでいるという設定 [8] になっているが、陽銘出版社版の設定では台北の木柵(ムーツァー)動物園に住んでいることになっている。木柵動物園は台北に実際に存在する動物園で、規模も大きい。東京都民にとっての上野動物園と、台北市民にとっての木柵動物園の位置づけはさほど変わらない。だから、上野動物園の代わりに木柵動物園に住んでいると設定することは、台湾の読者にとってはとても分かりやすいのである。

また、パーマン4号(パーやん)は、日本の原作だと大阪の金福寺という寺院に住んでいることになっている。これが、陽銘出版社版の設定では鹿港(ルーガン)に実在する古刹である竜山寺に住んでいるものとされている。鹿港は台湾中部にあり、台湾の中でも歴史の古い町である。この町は、かつて港町として商業的に非常に繁栄していた。その鹿港の観光名所となっているのが竜山寺(ロンサンスー)である。鹿港は大阪のように大きな都市ではないので、都市の規模という面ではうまく日本の原作の設定を反映できていない。しかし、古い寺に住んでいるということを示すために、鹿港の寺院に住んでいると設定したことは、台湾の読者にとってはしっくりくることであると考えられる。

さらに、登場人物の名前は基本的に中国系の名前に直されている。例えば、パーマン1号の須羽ミツ夫は先に述べたように葉小雄という名前になっているし、パーマン3号の星野スミレは張淇という名前になっている。これらの名前は、台湾人の普通の名前としておかしくないものだ。

おそらく、このようにローカライズすることによって、台湾の読者にとって親しみやすくしたのだと思われる。

脚注
  1. 青文ドラ和訳ブログ「三畔雑志」:「「キテレツと宇宙探検 その1」「その2」和訳のこと」参照。 []
  2. 藤子不二雄.(1988).《新編機器貓小叮噹10》永和:陽銘出版社.p.199 より引用。 []
  3. 藤子不二雄.(1988).《新編機器貓小叮噹10》永和:陽銘出版社.p.198 より引用。 []
  4. 藤子・F・不二雄.(2010). 『藤子・F・不二雄大全集 ドラえもん (8)』東京:小学館. p.520より引用。 []
  5. 藤子・F・不二雄.(2010). 『藤子・F・不二雄大全集 パーマン (8)』東京:小学館. p.292 より引用。 []
  6. 藤子不二雄.(1990).《新編機器貓小叮噹39》永和:陽銘出版社.p.188 より引用。 []
  7. 藤子不二雄.(1988).《新編機器貓小叮噹10》永和:陽銘出版社.p.199 より引用。 []
  8. 厳密に言えば、1970年代の連載では上野動物園に住んでいるという設定だったのが、1980年代の連載では一般人の家に飼われているという設定に変わっている。 []