川崎市は2015年9月の豪雨で62万人余に避難勧告を出したのか

概要
2015年9月の豪雨に際して川崎市が62万人余に避難勧告を発したという報道があるが、この人数は不正確であり、川崎市の情報伝達に不手際があった可能性がある。

「62万人余」への避難勧告

2015年9月、台風17号と18号の影響により東日本に豪雨が発生した。川崎市は、市内の大雨を受けて、9日に市内の一部地域に避難勧告を発した。

この避難勧告に関する報道で、川崎市が「62万人余」に避難勧告を出したというものがあった。

例えば、NHKニュースのウェブサイトには、9日午後5時28分付けで「川崎市 62万人余に避難勧告」というタイトルの記事が掲載された。この記事によると、川崎市は「28万4464世帯62万6105人」に避難勧告を出したことになっている。

他の報道機関も同様の人数を報道している。

だが、川崎市から出された情報を見ると、「62万人余」というのは正確な数字ではない可能性がある。

避難対象区域は一部?

川崎市のウェブサイトに掲載された緊急情報によると、川崎市は9月9日午後5時に避難勧告を発している。ウェブサイトでは、避難対象区域として、区ごとに町丁名が記され、そのうち「土砂災害警戒区域に指定されている区域」を対象区域としている。

例えば、中原区の場合は以下のように記されていた。

<中原区>

井田2丁目、井田3丁目、木月4丁目

のうち、土砂災害警戒区域に指定されている区域

【緊急情報】川崎市避難勧告発令(9月9日午後5時)

この記述を読むと、井田2丁目、井田3丁目、木月4丁目の全域ではなく、これらの町丁で土砂災害警戒区域に指定されているところだけが避難対象区域になっていると考えられる。つまり、避難勧告が出されているのは、これらの町丁の一部だけだ。実際、川崎市の土砂災害ハザードマップを見ると、土砂災害警戒区域がこれらの町丁の面積の一部を占めるにすぎない。

川崎市の「<a href="http://www.city.kawasaki.jp/500/cmsfiles/contents/0000017/17971/saiwainakahara.pdf">土砂災害ハザードマップ【幸区・中原区版】</a>」(PDF)から、中原区の井田2丁目、井田3丁目、木月4丁目の部分を引用。茶色にぬられたところが土砂災害警戒区域である。土砂災害警戒区域はそれぞれの町丁の一部を占めるにすぎないことが分かる。
川崎市の「土砂災害ハザードマップ【幸区・中原区版】」(PDF)から、中原区の井田2丁目、井田3丁目、木月4丁目の部分を引用。茶色にぬられたところが土砂災害警戒区域である。土砂災害警戒区域はそれぞれの町丁の一部を占めるにすぎないことが分かる。

ところで、先述のNHKニュースの記事を見ると、中原区の「5971世帯1万1925人」に避難勧告が出ていることになっている。そして、実は、2015年6月末時点の井田2丁目 [1] 、井田3丁目 [2] 、木月4丁目 [3] 全域の世帯数・人口を足しあわせると「5971世帯1万1925人」になる。つまり、NHKニュースの避難勧告の人数を見ると、これらの町丁の全域が避難対象区域になっていないとおかしいことになる。

だが、先にも述べたように、川崎市のウェブサイトを正直に読めば、くだんの町丁の一部だけが避難対象区域になっているはずである。つまり、NHKニュースの記事と川崎市のウェブサイトの情報で矛盾が生じているのである。

そして、実は中原区以外の区でも同様な矛盾が生じている。つまり、町丁の全域が避難対象区域になっているような人数で報道されてしまっているのだ。

避難勧告が出されたのが、川崎市のウェブサイトに載った緊急情報のように、土砂災害警戒区域だけならば「62万人余」にはならないその領域に土砂災害警戒区域を少しでも含む町丁の人口を足し合わせて初めて「62万人余」になるのである。

川崎市の不手際か?

このような矛盾が生じたのはなぜだろうか。

おそらくは川崎市の不手際であると考えられる。実際は、土砂災害警戒区域だけを対象とした人数を出さなくてはならなかったのに、誤って土砂災害警戒区域を含む町丁全体の人数を合計して報道機関に伝えた可能性がある。あるいは、町丁ごとの人口は把握できていたものの、各町丁の土砂災害警戒区域に居住している人数が把握できていなかったために、正確な避難対象人数が算出できなかった可能性がある。なお、Yomiuri Online(読売新聞)の2015年9月11日付けの「62万人超に避難勧告、避難者96人…川崎」という記事では、「市危機管理室によると、県が指定した土砂災害警戒区域に該当する町名をすべて挙げ、高層マンションなども含め居住者全体を計算したため、28万世帯62万人超になった」とされている。

結局のところ、川崎市の意図としては62万人余全体に避難勧告を出したつもりはなかったのだが、市が62万人余という数字を出したためにこれが一人歩きしたのであろう。報道各社は川崎市が出した情報を信じて横並びで62万人余という人数を報道したと考えられる [4]

いずれにせよ、今後の改善が待たれるところである。

脚注
  1. 川崎市ウェブサイトの「平成27年町丁別世帯数・人口 6月末日現在」によれば、2015年6月末時点で、1098世帯、2235人。 []
  2. 川崎市ウェブサイトの「平成27年町丁別世帯数・人口 6月末日現在」によれば、2015年6月末時点で、1249世帯、3040人。 []
  3. 川崎市ウェブサイトの「平成27年町丁別世帯数・人口 6月末日現在」によれば、2015年6月末時点で、3624世帯、6650人。 []
  4. とは言え、報道機関も川崎市が出した情報を鵜呑みにするのではなく、批判的に検討するべきであったと思う。川崎市の2015年6月末時点の住民基本台帳人口は、70万2590世帯、145万5549人である。「28万4464世帯62万6105人」に避難勧告を出したとしたら、市民の4割以上が避難の対象となる。しかし、避難勧告をした土砂災害警戒区域は、基本的には傾斜地で人は住みにくく、そこに市民の4割以上が住んでいるとは考えにくい。報道機関はこうしたあやしいところを市に指摘して、しっかりと問いただすべきであったと思う。 []