日本のことを「帝国」と呼んでいる現行法令

概要
戦前の日本で作られた法令では、日本のことを「帝国」という文言で呼ぶことがある。こうした法令の中には、改正されないままいまだに「帝国」という文言が残っているものがある。

日本のことを「帝国」と呼んだ戦前の法律

戦前の日本の法令では、日本のことを単に「帝国」と表現することがしばしばあった。例えば、著作権法(明治三十二年法律第三十九号)の第三十一条では、以下のように日本を「帝国」と記していた。

帝国ニ於テ発売頒布スルノ目的ヲ以テ偽作物ヲ輸入スル者ハ偽作者ト看做ス(強調引用者)

著作権法(明治三十二年法律第三十九号)第三十一条

「帝国」という表現の変更

法令中のこうした「帝国」は、戦後の法改正により少しずつ消えていった。例えば、刑法(明治四十年法律第四十五号)ではもともと「帝国内」・「帝国外」などといった表現が用いられていたが、1947年の法改正により「日本国内」・「日本国外」といった表現に改められている。

第一条第一項中「帝国内」を「日本国内」に、同条第二項中「帝国外」を「日本国外」に、「帝国船舶」を「日本船舶」に改める。

刑法の一部を改正する法律(昭和二十二年法律第百二十四号)

「帝国」が残っている法令

しかしながら、2019年に至っても表現が改められずに、いまだに日本のことを「帝国」と呼んでいる法令が存続している。e-Gov法令検索に載っているものをもって現行法令とすると、「帝国」が残っている現行法令が色々とある。

例えば、外国ニ於テ流通スル貨幣紙幣銀行券証券偽造変造及模造ニ関スル法律(明治三十八年法律第六十六号)においては、以下のように「帝国」が用いられている(強調は引用者による)。

第一条 流通セシムルノ目的ヲ以テ外国ニ於テノミ流通スル金銀貨、紙幣、銀行券、帝国官府発行ノ証券ヲ偽造シ又ハ変造シタル者ハ重懲役又ハ軽懲役ニ処ス

金銀貨以外ノ硬貨ヲ偽造シ又ハ変造シタル者ハ軽懲役又ハ二年以上五年以下ノ重禁錮ニ処ス

第二条 流通セシムルノ目的ヲ以テ偽造又ハ変造ニ係ル前条ニ記載シタル物ヲ帝国若ハ外国ニ輸入シタル者ハ前条ノ例ニ同シ

第四条 第一条ノ偽造又ハ変造ノ用ニ供シ若ハ供セシムルノ目的ヲ以テ器械若ハ原料ヲ製造シ、授受シ若ハ準備シ又ハ帝国若ハ外国ニ輸入シタル者ハ六月以上五年以下ノ重禁錮ニ処ス

第五条 販売スルノ目的ヲ以テ第一条ニ記載シタル物ニ紛ハシキ外観ヲ有スル物ヲ製造シ又ハ帝国若ハ外国ニ輸入シタル者ハ二年以下ノ重禁錮又ハ二百円以下ノ罰金ニ処ス

外国ニ於テ流通スル貨幣紙幣銀行券証券偽造変造及模造ニ関スル法律(明治三十八年法律第六十六号)

さらに、印紙犯罪処罰法(明治四十二年法律第三十九号)でも、以下のように「帝国」をもって日本のことを指している(強調は引用者による)。

第一条 行使ノ目的ヲ以テ帝国政府ノ発行スル印紙又ハ印紙金額ヲ表彰スヘキ印章ヲ偽造又ハ変造シタル者ハ五年以下ノ懲役ニ処ス行使ノ目的ヲ以テ印紙ノ消印ヲ除去シタル者亦同シ

第三条 帝国政府ノ発行スル印紙其ノ他印紙金額ヲ表彰スヘキ証票ヲ再ヒ使用シタル者ハ五十円以下ノ罰金又ハ科料ニ処ス

第四条 本法ハ何人ヲ問ハス帝国外ニ於テ第一条又ハ第二条ノ罪ヲ犯シタル者ニ之ヲ適用ス

印紙犯罪処罰法(明治四十二年法律第三十九号)

このほか、外国人土地法(大正十四年法律第四十二号)でも、日本を指す「帝国」が用いられている。この法律は、「臣民」という表現が存続している点でも特異である(強調は引用者による)。

第一条 帝国臣民又ハ帝国法人ニ対シ土地ニ関スル権利ノ享有ニ付禁止ヲ為シ又ハ条件若ハ制限ヲ附スル国ニ属スル外国人又ハ外国法人ニ対シテハ勅令ヲ以テ帝国ニ於ケル土地ニ関スル権利ノ享有ニ付同一若ハ類似ノ禁止ヲ為シ又ハ同一若ハ類似ノ条件若ハ制限ヲ附スルコトヲ得

第二条 帝国法人又ハ外国法人ニシテ社員、株主若ハ業務ヲ執行スル役員ノ半数以上又ハ資本ノ半額以上若ハ議決権ノ過半数カ前条ノ外国人又ハ外国法人ニ属スルモノニ対シテハ勅令ノ定ムル所ニ依リ之ヲ其ノ外国人又ハ外国法人ト同一ノ国ニ属スルモノト看做シ前条ノ規定ヲ適用ス

○2 前項ノ資本ノ額又ハ議決権ノ数ノ計算ハ勅令ノ定ムル所ニ依ル

第五条 帝国法人ニシテ社員、株主若ハ業務ヲ執行スル役員ノ半数以上又ハ資本ノ半額以上若ハ議決権ノ過半数カ外国人又ハ外国法人ニ属スルモノニ対シテハ前条ノ規定ヲ適用ス

外国人土地法(大正十四年法律第四十二号)

また、これは法律ではないが、政治犯人等ノ資格回復ニ関スル件(昭和二十年勅令第七百三十号)という勅令がある。この勅令の別表においては、「朝鮮若ハ台湾又ハ関東州、南洋群島其ノ他帝国外ノ地域ニ行ハルル又ハ行ハレタル法令ノ罪ニシテ前各号ニ掲グル罪ト性質ヲ同ジクスルモノ」(強調引用者)と記されている。これは、大日本帝国憲法下で出されたものではあるものの、戦後に出た法令で日本を示す「帝国」がまだ残っている例である。

なお、ここでは「其ノ他帝国外」ではなく、「其ノ他帝国外」と言っている。このことから、朝鮮・台湾・関東州・南洋群島は帝国外として扱われていないことが分かる。法律用語として、「A、B、C其の他D」という場合はA、B、CはDに包含されるが、「A、B、C其の他D」ならばA、B、CはDに包含されないためである。