ある政治家が「私の名前を載せるな」と地元紙に求めたところ、その名前を連呼した社説を書かれたこと

概要
政治家が自分の名前を載せるなと新聞社に圧力をかけたのに対し、新聞社はユーモアにあふれた社説で反撃して言論の自由を守った。

概要

アメリカのメリーランド州の政治家カービー・デローター氏 (Kirby Delauter) が、地元紙フレデリック・ニュース=ポスト (Frederick News-Post) に対し自分の名前を載せるなと圧力をかけた。これに対して、同紙は、カービー・デローターという名前を連呼した社説を書き、圧力を跳ね返した。

「無許可で載せるな」

カービー・デローター氏は共和党で、メリーランド州フレデリック郡の郡会議員である(デローター氏の公式ウェブサイト)。地元紙『フレデリック・ニュース=ポスト』が2015年1月3日付けの“Shreve raises staffing, parking concerns”という記事でデローター氏のことに触れた。これに対し、デローター氏は「無許可」で自分の名前が使われたとして、同紙に自分の名前を使わないように求める内容を2015年1月3日にFacebookに投稿した [1] 。この投稿においてデローター氏は記事を書いたベサニー・ロジャーズ (Bethany Rodgers) 記者に対して、「恥を知れ」(Shame on Bethany Rodgers…)とまで述べている。この投稿に対し、ロジャーズ記者が選挙された公人を報道で述べる際には許可は要らないというコメントを返すと、デローター氏は再度「無許可」で自分の名前を使った場合、弁護士が必要になるだろうとのコメントを返した。要するに、デローター氏は訴訟も辞さないと述べたわけだ。

これは明らかにロジャーズ記者の意見が正論だ。もし、政治家の名前を報道に載せるためにいちいち本人の許可を取らないといけないとしたら、政治家は自分に都合が悪い報道を許可しなくなってしまうだろう。そうなれば、政治家を批判することができなくなってしまう。政治家の批判ができなければ、政治家の独走が起きても止められなくなり、民主主義が危機に陥ってしまう。こういった事態を防ぐためには、公人は許可がなくとも報道の対象とされなくてはならないのだ。

社説の内容

さて、デローター氏の「圧力」に対し、『フレデリック・ニュース=ポスト』は社説で反撃することにした。『フレデリック・ニュース=ポスト』は1月6日に“Kirby Delauter, Kirby Delauter, Kirby Delauter”というタイトルの社説を発表した。タイトルで、3回もカービー・デローター氏の名前を連呼している。さらに、社説の本文ではこれでもかというぐらいに、デローター氏の名前を連呼している。タイトルでは「カービー・デローター」(Kirby Delauter) と3回述べ、本文ではなんと24回も「カービー・デローター」と述べ、さらに脚注で1回「カービー・デローター」と述べている。この他、直接「カービー・デローター」とは言っていないものの、デローター氏を指し示す表現を何度も使っている。この社説は高々1000語程度であり、その中にこれほどたくさんの「カービー・デローター」が用いられていることは、『フレデリック・ニュース=ポスト』の憤りを示していると言えよう。

この社説の前半では、「カービー・デローター」という名前が使えないのであれば、どう言い換えれば良いのかということを皮肉たっぷりに検討している。例えば、伏字にして “K—- D——-”とする言い換えや“Councilman [Unauthorized]”(議員〔無許可〕)とする言い換えが述べられている。社説の後半は、ちょっとしたジョークも交えながら、報道の自由が存在するため、デローター氏の主張に根拠がないということについて述べている。また、Twitterで #kirbydelauter というハッシュタグを使い出したら、使った全員を訴えるのだろうかという冗談を投げかけている。

ちなみに、社説の各パラグラフの先頭の文字をつなげると、Kirby Delauter になるという手の込んだ仕掛けもある。

このようにユーモアにあふれた社説で反撃に出ることができるということは、アメリカの言論・報道の自由がしっかりと保たれているということを意味するのであろう。

アメリカ合衆国憲法修正第1条では以下のように、言論・報道の自由を保障しているのだ [2]

Congress shall make no law respecting an establishment of religion, or prohibiting the free exercise thereof; or abridging the freedom of speech, or of the press; or the right of the people peaceably to assemble, and to petition the Government for a redress of grievances.

(訳:議会は、国教の設定、または宗教について自由に行なうことを禁止すること、言論あるいは報道の自由や、人民が穏やかに集会し、また不平の是正について政府に請願する権利を制限することに関する法律を制定してはならない。)

アメリカ合衆国憲法修正第1条

政治家の謝罪

この『フレデリック・ニュース=ポスト』による反撃に対し、デローター氏はFacebook謝罪の投稿を行った [3] 。その中で、デローター氏はロジャーズ記者と『フレデリック・ニュース=ポスト』に対して謝罪を行い、公職に関することについて『フレデリック・ニュース=ポスト』がデローター氏の名前を載せる権利があると述べた。

本記事「ある政治家が『私の名前を載せるな』と地元紙に求めたところ、その名前を連呼した社説を書かれたこと」は「カービー・デローター」という名前を無許可で使用しています。

脚注
  1. デローター氏がFacebookに投稿した文面については、『フレデリック・ニュース=ポスト』の“Delauter Facebook post”という記事で見ることができる。 []
  2. この内容と同様の規定が日本国憲法第21条第1項(集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する)になされている。 []
  3. 謝罪の投稿は、『フレデリック・ニュース=ポスト』のDelauter issues apology, calls social media blast to News-Post ‘wrong and inappropriate’という記事で見ることができる。 []